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バルボーのバスケット③――未来を予見した占星術師アンドレ・バルボー

  • 執筆者の写真: エソテリック東京
    エソテリック東京
  • 7月11日
  • 読了時間: 7分

現代は、インターネットで簡単に何年も先の天体図を作成することができます。そのため、四つの惑星が「バスケット」のような美しい幾何学模様を作る天体図を見つけることも、以前より容易になったといえるでしょう。


しかし、コンピューターが一般的でない時代から、長期の惑星周期を何十年、何百年という単位で、手計算によって追い続けた占星術師がいました。


その人物が、アンドレ・バルボーです。


アンドレ・バルボーが生涯をかけて研究したのは、木星・土星・天王星・海王星・冥王星という、動きの遅い五つの惑星の周期でした。そして、過去の歴史から「どのような天体配置のときに、どのような集団的現象が起きる傾向があるのか」を解析し、その分析をもとに未来予測も残しました。


彼の研究は、むしろ死後にこそ強い光を放ちました。彼が2011年に書き残した、2020年前後に新たなパンデミックの深刻なリスクがあるという予測が、彼の死後まもなく現実となったからです。


最初に伝えておくと、「バルボーのバスケット」とは、バルボーが五つの遅い惑星の長期周期を読み続けた仕事の延長線上に、後の占星術家たちが名付けた、2026年7月の象徴的な配置です。




鍛冶屋の息子、星に出会う


アンドレ=リュシアン・バルボーは、1921年10月1日、フランスに生まれました。伝えられるところによれば、父は鍛冶屋だったといいます。少なくとも、彼は最初から学問的エリートとして占星術の世界に入った人ではありませんでした。


占星術との出会いは、15歳。すでに占星術師であった15歳年上の兄アルマンから手ほどきを受けたことが、すべての始まりでした。趣味で終わるはずの占星術は、彼の人生そのものになっていきました。


第二次世界大戦後のフランスで、彼は本格的に占星術界へ入り、やがて国際占星術センターの中心的な存在となったのです。1968年には専門誌『L’Astrologue』を創刊し、何十年にもわたって編集に携わりました。著書は約50冊にのぼります。


彼は、占星術を気分や霊感だけで扱うことを望みませんでした。むしろ、占星術を歴史、心理学、天文学的周期と照らし合わせながら、知的に検証すべきものとして扱ったのです。フランス知識人界における異端者というより、占星術そのものを近代的な知の場へ引き上げようとした人物です。


この在り方は、第3光線と第5光線を持つフランスらしい表現です。

第3光線は、歴史全体の流れを構造として捉えようとする力。

第5光線は、観察、比較と検証、具体的な知識として整理する力。


バルボーの仕事には、この二つの光線がよく表れています。


しかも、彼自身は天秤座の新月生まれです。出生時間にプラスマイナスで1時間の誤差があるため、アングルは参考程度ですが、いずれにしろ水瓶座と魚座のアセンダントですから、宇宙的な視点は好んだことは自然です。歴史と惑星周期、社会と天体、危機と回復。対立するもののあいだに秩序を見出そうとしたその姿勢には、天秤座の秤が静かに、しかも確実に働いていたように感じます。





直感ではなく、周期で読む


バルボーと多くの占星術家の違いは、天体図に対するアプローチでした。


彼は、未来を霊感で言い当てようとしたのではありません。木星・土星・天王星・海王星・冥王星という五つの遅い惑星の位置を、長い歴史の中で追い続け、それを戦争、疫病、経済崩壊、革命といった出来事の年表と突き合わせました。


そして彼は、「循環指数」と呼ばれる考え方を発展させました。簡単に言えば、五つの遅い惑星のあいだの角度を測り、それをひとつの数値として表す方法です。

指数が低いとき、惑星たちは空の一か所に集中している。

指数が高いとき、惑星たちは広く散らばっている。


バルボーは、この指数の上下と、世界史における危機や回復の時期とのあいだに、一定の相関があると考えました。1347年の黒死病、1665年のロンドン大疫病、1918年のスペイン風邪。そうした大きな疫病の時期には、循環指数が低くなる傾向がありました。


そして、2020年のコロナ禍もまた、指数が非常に低い時期に起きたため、彼の予測があらためて注目されることになったのです。

もちろん、これを単純に「惑星が疫病を起こした」と読むべきではありません。


バルボー自身も、天体がどのようなメカニズムで歴史的出来事を引き起こすのかを説明したわけではありません。彼が示そうとしたのは、長い歴史の中で繰り返し現れる惑星周期と集団的出来事との相関でした。


L'ASTROLOGUE.  n° 4, 1968.
L'ASTROLOGUE. n° 4, 1968.


当てた予言、見届けられなかった予言


バルボーの予測として、よく知られているものがいくつかあります。


1960年代に彼は、1980年代末の山羊座における惑星集中に注目し、二つの超大国が競争の終着点に到達するような、歴史的な転換を示唆しました。その直後に、ベルリンの壁崩壊と冷戦構造の終焉が起きたのです。


そして2011年、2020年前後に新たなパンデミックの深刻なリスクがあると書き残し、98歳の誕生日の直後、2019年10月7日に逝去しました。その数か月後、世界は新型コロナウイルスのパンデミックに直面することになったのです。


ただし、公平に言えば、疫学者も政治学者も、グローバル化した世界における感染症のリスクについては以前から警告していました。

占星術が、従来の分析を超える予測価値を持つのか。

それは、いまも証明されていない問いのままにしておきます。


だから、ここでバルボーを「当てた予言者」として持ち上げる必要はありません。むしろ大切に尊重したいのは、彼が歴史と惑星周期を何度も照合し、危機と回復の波を、長い時間の中で読み続けた忍耐力と持続力です。

彼は未来を奇跡的に言い当てた人というより、歴史の周期に耳を澄ませ続けた人だったと思います。




彼が最後に見ていた未来――2026年


晩年のバルボーの視線は、自分が生きて見ることのない2026年へ向けられていました。


2020年前後に循環指数が深い底を打ち、その後、指数は上昇に向かう――と、彼は見ていました。


彼にとって2026年は、危機の底から浮上し、新しい文明的な可能性へ向かう重要な節目に見えたのでしょう。


特に、2026年2月20日前後に牡羊座0度で起こる土星と海王星の合。

このコンジャンクションを、彼は非常に好ましい配置として捉えていました。土星は形を与える力。海王星は理想、精神性、集合的な感受性を示す力。この二つが牡羊座の始まりで結ばれることを、彼は新しいサイクルの出発点として見ていたのでしょう。


彼が晩年に描いた2026年のヴィジョンには――理性と精神性の融合、苦難を越える連帯、貧しい人々の生活水準の向上、新しい世界文明の飛翔――といった言葉が含まれています。


そこには、単なる技術革新や経済発展ではなく、人類全体の生活と関係性が底上げされる未来への、彼の希望が滲み出ていました。


そして、その半年後の2026年7月中旬、木星・天王星・海王星・冥王星の四つの惑星が、美しい調和的な幾何学を描きます。この配置が、連載のテーマにもなってる「バルボーのバスケット」と呼ばれているものです。


バルボーの言葉を借りるなら、2026年は「飛翔」の年なのです。

しかし、飛翔とは何でしょうか。地上を離れて夢を見ることでしょうか。




人類の復興のために


誤解してはならないのは、バルボーが単純な楽観主義者ではなかったことです。彼は、2025年以降の政治的激動や指導者の交代も見ていました。

再建は簡単ではない。

周期はゆっくりと回る。

危機の後にすぐ黄金時代が来るわけではない。

復興には、人間の意識的な努力が要る。

それが、災害と戦争と疫病の歴史を見つめ続けた、老いた占星術家の智慧だったと思うのです。


ですから、彼の言う飛翔も、「現実が夢のように変わって好転する」という意味ではなく、「まずは自分たちの意識を変える努力」を求めるものだったのではないでしょうか。


連載の最初でも書いたように、星は結果を約束しません。

可能性の扉を描くだけです。その扉を開けるかどうかは、彼が去ったあとの世界に生きる、私たちに委ねられています。


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